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6.誘惑? 一体何を言ってるのか⋯⋯。

last update Last Updated: 2025-07-02 11:43:46

私の唇を親指で撫でながら、私を誘惑するように囁くダニエルは嘘をついている。

 キノコを愛しているのは私であって、元のナタリアではない。

 そして、キノコを愛する者ならば、キノコは人と比べる事のできない唯一無二の存在だと思っているはずだ。

「ダウト! 今、嘘をついてますね。記憶がないと言う人に嘘を吹き込むなんて最低です」

「最低? 初めて言われたよ」

 ダニエル皇子は笑いながら、私をエスコートするように手を差し出した。

 戸惑いながらも、私はその手に手を重ねる。

 外はもう真っ暗だから、今日は皇宮に泊まらせて貰った方が良さそうだ。

   

「今晩も、この部屋を使って。ナタリア、今日は色々あって気持ちが落ち着かないみたいだね。明日は朝食を一緒にしよう。これからの事を話し合いたい」

 案内された部屋には見覚えがあった。

 ラリカが皇宮で滞在していた部屋だからだ。

 淡い水色のカーテンに、天蓋付きのベッド。

 メイドが使う部屋としては豪華過ぎるこの部屋は、ゲームの中でダニエル皇子がラリカに用意したものだった。

 皇宮でダニエル皇子から興味を持たれたことで嫉妬を買って、ラリカへの虐めは酷いものになっていった。

 それゆえ、他の使用人から離したところにダニエル皇子はラリカの部屋を移動した。

 その上、彼は自分の専属メイドにして彼女を守った。

(その特別扱いが、今度は余計にエステルの嫉妬を買うのだけれどね)

「一晩泊めて頂く事には感謝します。でも、これ以上、私はダニエル皇子と関わり合うつもりはございません」

 何となくダニエル皇子と関わると死亡フラグが立ちそうで怖かった。

 しかも、彼の私への接し方はホストのソレと似ていて、私の頭で危険信号が鳴り響いている。

「僕と関わるとエステルの嫌がらせが怖い? 君も僕に少しは興味を持ってくれていると思っていたけれど、兄上に心変わりしたかな?」

 私の髪をひと束とって口づけながら囁くダニエル皇子は女を口説くプロだ。

 私の髪は先程まで土
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  • 恋は復讐の後で〜奴らを破滅させたら貴方の胸に飛び込みます〜   7.私はダニエル皇子は唆してません。

     扉を閉めた後、私は浴槽に浸かって埃を洗い流す事にした。 この部屋は便利な事にお風呂がついていることを私は知っている。 クローゼットを開けると、ゲームで見たメイド服が置いてあった。 ラリカの外出着と寝巻きにパーティードレスまで置いてある。 これは最初にこの部屋にラリカが連れてこられた時に用意してあるものだ。 ダニエル皇子が君の為に用意したと言って、「優しいですね」と返すのが正解の選択肢だった。 やはり、ここはラリカの部屋になる場所だ。 マテリオ皇子暗殺事件から、数日後にラリカは皇宮のメイドとして現れる。 ダニエル皇子がラリカの為に用意したと言っていた部屋や服は、とっくに他の女も使ってた可能性があったようだ。(やはり、ダニエル皇子は根っからのホスト気質だな⋯⋯地雷だ⋯⋯) 服を脱ぎ猫足の浴槽にお湯を浸し、体を沈めると心が休まった。 明日は置き手紙でも置いて、ここを去ったほうが良いだろう。 それにしても、脇腹の刺し傷はすっかり癒えていて跡形もなくなくなっている。 (脇腹?) 思い出してみると、マテリオ皇子が私を刺したとすると、傷は正面からの刺し傷になっていたはずだ。 それなのに、確かに血は脇から流れていた。(あの時、あの場に他の人がいた? その人が私を⋯⋯)「ナタリア! あんた、またダニエルを誑かしたわね。マテリオ皇子暗殺も失敗したらしいじゃない! この役立たず!」 突然風呂場の扉が開いたかと思うと、そこにはエステルが鬼の形相で立っていた。 彼女の薄紫色の縦巻きロールは真夜中なのに健在だ。 紫色の怒りに満ちた瞳は私を睨みつけている。(エステル・ロピアンがなぜ皇宮に?) 別段、珍しいことではない。 エステルはダニエル皇子に近づく女を決して許さなかった。 ゲームでも常に彼を監視して、彼の周りを纏わりついていた。「申し訳ございません。任務は失敗しましたが、私はダニエル皇子は唆してません」 とにかく、彼女の怒り

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    「傷は治ったよ。君の心の傷は治せないかもしれないけれど⋯⋯マテリオのこと本当に好きになってしまったのか? 彼は女の扱いが上手いから、君のような子を誑かすなんて造作もないだろうな⋯⋯」 ダニエル皇子はそういうと、私の額に口づけをしてきた。  私には目の前の彼の方が、私を誑かそうとする悪い男に見える。 マテリオが女の扱いがうまいなんてゲームの中でも思った事がない。  むしろ、見た目は良いのに性格が残念なせいで女からは疎まれそうな感じだった。 ダニエル皇子は愛おしそうに私を見つめ、優しく私に触れてくる。 (まさか、ダニエル皇子に新宿ナンバーワンホストが憑依してるんじゃ⋯⋯絶対、引っかかるものか)「聖水は、いらないと申し上げたはずです。私を助けるのも、私が愛するのもキノコだけです。では、ここで失礼します」 私が立ち去ろうとすると、ふと、体が浮く感覚を覚えた。  ダニエル皇子が私をお姫様抱っこしている。「おろしてください。私には足があります。殿下の助けはいりません」 「キノコを愛でられれば良いって? そうやって、マテリオの事も誘惑したの? 僕もまんまと君に誘惑されたよ」  ダニエル皇子が何を言っているのか、全く理解できなかった。 そして、先程彼は私がマテリオ皇子に誑かされた可能性を話していたのに、今は逆のことを言っている。 (ナタリアが、マテリオ皇子を誘惑? 暗殺ではなくて?) ダニエル皇子は笑いながら、私を馬に跨らせ自分はその後ろに乗る。  私を抱きしめるように馬の手綱を握っていて、その距離の近さに緊張した。「どこに連れて行く気ですか? 家に帰してください」 「本当にあの家に帰る気? また、虐められるよ。僕の側にいれば守ってあげるよ」  後ろから、耳元で低い声で囁かれ空気のわずかな振動に体がびくついた。  大事なアマドタケを落としてしまわないように、そっと首元から服の中に入れる。「私を守れるのはキノコだけです。殿下は必要ありません」 「僕のキノコも君を守りたいみたいなんだ。君にも愛でられたいみたいだよ。ふっふっ」 ダニエル皇子は自分で言った言葉に自分でうけて楽しそうに笑っている。  彼のキノコとは何だろうか。  私は前世で自分の部屋に残して来たキノコたちに思いを馳せた。

  • 恋は復讐の後で〜奴らを破滅させたら貴方の胸に飛び込みます〜   3.取り戻したのです。本来の私を! 

    「まだ、遠くには行っていない! マテリオ・ガレリーナを追え!」 うっすらと聞こえる低い男の声と共に重い瞼を持ち上げる。そこにはいかにも主人公といったオーラを放つ、赤い髪のダニエル皇子がいた。 周囲にいるのはダニエル皇子についている皇室の騎士たちだろう。 「ナタリア、目が覚めたのか。聖水で傷は閉じたが目が覚めないから心配したよ」 ふと目が合ったダニエル皇子が私に近づいてくる。 私はどうやら木陰に寝転がされていたようだ。 重い体で起きあがろうとすると、直ぐにダニエル皇子が私を支えてきた。 ゲームでは彼の婚約者のエステル・ロピアンからマテリオ皇子殺しを依頼されるシーンと、マテリオ暗殺シーンしかない暗殺者。 名前もない脇役だと思っていたが、名前はあったようだ。「ダニエル皇子殿下? ナタリア⋯⋯私の名前?」「そうだよ。エステルは本当に酷い女だな。暗殺者を雇ったと聞いていたのに、それが君だったなんて⋯⋯」 ダニエルが私の髪を愛おしそうに撫でながら、髪についた葉っぱを丁寧にとってくれる。 とても暗殺者に対する仕草とは思えない。 それにエステルはダニエル皇子からの依頼だと言って、マテリオ皇子を暗殺するようナタリアに伝えていたはずだ。 マテリオ皇子の暗殺は、このゲームの冒頭シーンに当たる。 ゲームのプロローグで、ナタリアが暗殺依頼を受ける場面があった。 マテリオ皇子が暗殺され、ダニエルは次期皇帝の座を確固たるものにしていく。(私は暗殺に失敗したけれど、これは隠しルート?) 隠しルートでは、暗殺されたはずのマテリオ皇子はひっそりと生きている。 そして、ヒロインのラリカと偶然出会い彼女とささやかな幸せを築くというルートだ。「私、マテリオ皇子殿下の暗殺に失敗したのですね⋯⋯申し訳ございません。暗殺者失格です⋯⋯」「ふっ、何を言ってるの? 貴族令嬢だった君に武力に長けた兄上が殺せるはずがない。最も兄上なら君に攻撃できないと思って、最高の嫌がらせとして君にナイフを握らせたんだろうけど⋯⋯本当に、反吐がでるほど、嫌な女だ⋯⋯エステル⋯⋯」 どうやら、ナタリアは貴族令嬢だったらしい。 過去形で話すということは、家が没落でもしたのだろう。 私はマテリオ皇子を刺した確信は合ったが、彼に刺されたという確信がなかった。 私の刺したナイフをマテリオ皇子

  • 恋は復讐の後で〜奴らを破滅させたら貴方の胸に飛び込みます〜   2.出会わなければ良かった! あんな奴!

     目を開けると、私は森の中の湖のほとりにいた。 木々が色とりどりに染まっていて、落ち葉が湖にはらりと落ちては浮いていた。 キラキラと輝く湖面に映った人間には見覚えがある。 私は槇原美香子としての人生を終え、異世界に転生したのであればこのキャラにだけはなりたくなかった。 頭の中がこんがらがっているが、朧げながら私は湖面に映る女として生まれ人生を送ってきた気がする。 私は異世界に転生したが、前世を思い出すと同時に今世で今まで過ごした記憶を失ってしまったようだ。(ワーキングメモリーの問題かしら⋯⋯)  黒髪に紫色の瞳をした私は、乙女ゲーム『トゥルーエンディング』の隠しキャラであるマテリオ・ガレリーナ第1皇子を暗殺する脇キャラの顔をしている。 今いる場所にはゲームの中で見覚えがあった。 ここには皇室の隠し通路の出口がある。 虫の鳴き声、鳥の囁きに隠れて足音がする。 もしかしたら、今から、ここにマテリオ皇子が来るのかもしれない。 私はそこで待ち伏せしてマテリオ皇子を暗殺する。 今回の暗殺は第3皇子のダニエル・ガレリーナの依頼だ。 ちなみにダニエル皇子はこの乙女ゲームのメインヒーロだ。 彼は婚約者のロピアン侯爵家と組んで、第1皇子であるマテリオ皇子を罠に嵌めて暗殺する。 マテリオ皇子はメイドの子ということもあり、第1皇子にも関わらず後ろ盾がなかった。 生まれのせいで、幼い頃から冷遇され無愛想で貴族たちとの交流も薄い。 周りが敵ばかりだと認識しているマテリオ皇子は、身分を盾に傍若無人な振る舞いをするようになっていた。  ダニエル皇子のマテリオ皇子暗殺は暴君を倒したと言うことで物語上は肯定されていた。 なぜなら、ダニエル皇子の双子の兄オスカー第2皇子をマテリオ皇子が毒を盛って殺害しようとしたからだ。 ヒロインのラリカが平民でありながら、ダニエル皇子に見初められ結婚するのがこの物語のトゥルーエンディング。 しかし、マテリオ皇子がオスカー皇子に毒を盛ったという目撃証言も作られたものである可能性も否定できない。 それでも、オスカー皇子は皇后の息子でマテリオ皇子がその血筋に嫉妬し毒殺を試みたという噂は消えなかった。 普段のマテリオ皇子の周囲との交流のなさと、横暴な振る舞いが彼自身を陥れていた。(人は変われるはず⋯⋯まだ20歳になった

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